キリスト教と科学及び独裁
近代科学は、キリスト教の文化圏から生まれて、その下に発達した。
日本の科学史界の権威と言われる渡辺正雄東大名誉教授は次のように言われる。
「キリスト教と近代科学の関係については、従来はとかく、両者が対立・矛盾の関係にあるように考えられてきた。そしてガリレイの宗教裁判とか、進化論へのキリスト教側の反対などが、その例としてあげられることが多かった。
しかし、これまで見てきたように、西洋の世界観・人間観・自然観というものは、何よりもキリスト教によって形成されたものが基本となっている以上、また、そのキリスト教的な西洋文化のなかで近代科学が生み出されたというのが歴史上の事実である以上、キリスト教と近代科学の関係を単純な対立・矛盾としてとらえるのは、あまりにも一面的だといわざるをえない。
それどころか、キリスト教と近代科学の間には、キリスト教的世界観・人間観・自然観が近代科学の誕生と発展にかけがえのない寄与をしたと考えられるさまざまの要素が存在していたのであって、それらについては、これまでにもある程度述べてきたわけである。」(『科学者とキリスト教』講談社、151ー152頁)
ことに、プロテスタントの宗教改革が起こってからのこの地域における進歩はめざましいものであった。
「この近代科学が始められたのは一七世紀のヨーロッパであり、当時いちばんの中心舞台となったのは、ニュートンが出たイギリス、王立協会が誕生したイギリスであった。
それはまた、一六世紀半ばに生まれたプロテスタンティズムの活動が盛んになっていく時代であり、プロテスタントが信教の自由を求めて新大陸アメリカに渡った時代である。このプロテスタンティズムは、一七世紀のイギリスにおいて、またアメリカ新大陸の、とくにニュー・イングランドにおいて、近代科学を積極的に支持し、推進する要因ともなった。」(同上、152頁)
中世のカトリック教会の汎神論的な科学観をキリスト教固有のものとして考えるのは、あまりにも歴史的事実からかけ離れている。 もし、キリスト教が歴史を通じて科学に対して反動的な姿勢をとり続けたというならば、それを史実から立証しなければならないが、逆に、史実を知れば知るほど、キリスト教と科学の発展の不可分の関係を確信せざるをえないだろう。
>この様な支配、封建的、独裁的な支配は「嫌い」なんですよ。
>それが神だろうが、天皇だろうが、どっかの独裁者だろうが同じ事なんです。
>どれも人にとって「良くない事」だと判断しているのです。
ローマ・カトリックは、ペテロが立てた教会(ローマ教会)はキリストによって承認を受けた唯一の地上的権威であると考えるので、独裁的な要素を多分に備えているのは事実である。
しかし、プロテスタンティズムは、地上の人間及び人間が作り出した制度のいかなるものにも権威を設定せず、権力の分散を目指すものである。
ローマ・カトリックは、個人は教会による仲保を得てはじめて神との関係に入るとするが、プロテスタンティズムは、「万人祭司」の教説において、個々人がそれぞれ直接に神との契約を結ぶと考える。それゆえ権威はもっぱら個人の自発的な意志に置かれるのである。
科学史家ロバート・K・マートンは、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムと西欧における経済的発展」の研究からヒントを得て、「プロテスタンティズムと近代科学の関係」についてすぐれた考察を行い、両者の間に明確なつながりを見出したという。
「彼はまず、当時のイギリスにおいて科学研究を行った人々を包括的に拾い上げて、それらの人々の宗教的立場を調べたところ、プロテスタントがきわめて多いことが明らかになった。つまり、当時のイギリスの人口のなかでプロテスタントが占める割合と比較してみると、科学研究を行った人々のなかでプロテスタントが占める割合は、それよりもずっと多かったのである。こういうデータと、当時の科学教育に及ぼしたプロテスタンティズムの積極的な役割についての調査データなどから、彼は次のような説を立てた。
自然の研究は神の創造の御業をより深く理解させるものであるというプロテスタントの信念。
神の御業への深い理解は神の知恵と力と善とを賛美するためにも有効であるという見解。
感情に走ることを押さえて、理性にしたがって考えかつ行動することを重んじるプロテスタントの理性主義。
この世の実務を正しく処理するために不可欠なものとしての経験主義の重視。このようなプロテスタンティズムの諸要素が、近代科学を助成し、促進することになったのだというのである。」(同上、153ー154頁)
渡辺氏はこれらの研究をまとめて次のように結論しておられる。
「第一に、・・・伝統的なカトリック教会の権威と指導に依存しないで、自分で『聖書』を学び、自分の宗教的体験として宗教的真理を見出すべきであるとする初期プロテスタントの精神は、そのまま、古代の哲学者や中世のスコラ学者の教えを退けて、自分で自然を研究し、自分の経験を通して科学的真理を探究すべきであるとする初期近代科学者の精神に通じるものがあったのであって、初期プロテスタントの精神と近代科学の研究態度との間に強い同一性があったと、といえるのである。・・・第二には、いくつかの点で、宗教的な目的を達成するための有効な方法として科学が重要視されたことである。この傾向はカルヴィニスト、ことにイギリスとアメリカのピューリタンの間でとくに著しいものがあった。「善きわざ」に励んだ彼らにとって、
自然を研究して、被造物に現れた神の栄光を明らかにすることは、『聖書』を学ぶとほとんど同等に意義深いことであった。
科学を、人間の福祉の増進のために活用することは、宗教的にもきわめて優れた行為であった。
理性的・科学的訓練は、子弟を教育する上で欠くことのできない宗教教育的要素であると考えられていて、教育において科学がきわめて重要視された。
これらはすべて、これまでに述べてきたフランシス・ベイコンの学問革新論、それに触発されて生まれたロンドン王立協会とそこで活動した科学者たち、また新大陸アメリカにおけるピューリタンたちの科学に対する態度などに、はっきり認められることがらである。・・・一七世紀のプロテスタンティズムが近代科学を推進する上で積極的な役割を担ったということは、歴史上の明かな事実と認めてよいと思われるのである。」(同上、156ー157頁)
近代西洋において独裁は逆に、ヒューマニズムの側から起こった。
ナポレオンに至るフランス革命の起源は、15世紀のルネサンスの人間礼賛から18世紀の啓蒙主義に至る「反キリスト教的人間理性信仰」にあった。ロシア革命もヘーゲルの理性崇拝に起源を持つのであり、この延長線上にあると言ってよいだろう。
人間理性への信頼は、人間を解放するのではなく、かえって途方もない虐殺と抑圧を生んできたことは歴史を見れば一目瞭然である。 カルヴァン主義の影響下にあった初期アメリカは、「所詮罪人でしかない特定の個人」や「所詮罪人の集まりでしかない特定の機関」に権力を集中させることがいかに危険であるかをわきまえ、そのような独占を排除し、デモクラシーと資本主義を発展させた。
世界地図を広げてみれば、プロテスタンティズムとくにカルヴァン主義の文化圏と、経済的優勢とデモクラシー政体の勢力圏がぴったりと重なることは明らかであって、マックス・ウェーバーは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」において、この関係の理由をプロテスタンティズム思想の内容を検討することによって解明しようとした。