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処女降誕、進化に関する問答




>「New English Bible」の最近の版では イザイアに対して
>「若い女」とあてているそうです。
>なぜそうなったのかを お調べください。
>この問題は 聖書学者にはよく知られており、彼らのあいだで論争はないそうで
>す。

何度も申し上げますが、私は「若い女」と訳することについて異論はありません。ヘブライ語の辞書には、そのように訳されているからです。


>富井さんは、どういう理由で なめくじが原人よりも生存能力が低いと判断し
>たのですか?私はナメクジのほうが原人より生存能力が高かったのだと思います。

「原人はなめくじよりも生存能力が低かった?」あなたは本当にこんなこと信じているのでしょうか。

もしそうならば、どうして進化が起こったのでしょうか。もしナメクジやアメーバのままでよかったならば、なぜ原人にならなければならなかったのですか。環境に適応する必要性があって、適応能力が高いものが自然淘汰によって生き残ったわけですから。(*)

進化論は種の多様性を説明する科学的手段であると、ある進化論者から伺いましたよ。環境に適応しやすくて、つまり、生存能力が高いものが、生存し、そうでないものが死滅する。このようにして、数多くあったミュータントは、ふるいにかけられて、今日生存しているものだけが残った。違いますか。

アメーバが生存能力が高かったならば、わざわざ複雑な生物に進化することはないのです。

つまり、あなたの説明では、種は多様性に至るのではなく、単純さのままに留まることになります。


(*)もし厳しい環境に棲息していたアメーバが、耐えられなくなって、その環境に適応するために変異していったとするならば、やはり、その時点で、アメーバは生存能力が高くなかったということになりますね。変異しなければならないということは、そこで環境不適応であることを証明しているからです。

さて、その環境に適応するために変異したアメーバも、また新たな厳しい環境に遭遇します。そこで、また変異をします。ここにおいても、このはじめの変異アメーバは環境不適応を起こしていたわけです。

つまり、環境不適応を起こしたから、生物は変異して、知的生命体まで進化したのでしょう。

弱い者が、強くなるために進化は起こったのです。ということは、アメーバよりも原人のほうが生存能力が高いということになりませんか。


>知能や腕力といった単純な要素で生存能力を判断することはできませんよ。
>たとえば チンパンジーとシロクマはどちらが生存能力が高いのでしょう?
>人間とゴキブリはどうですか? (これはかなり意見が分かれるところだ。)
>人間と O−157ではどうですか?
>生き物ばかりと限りません。 エニアックとソロバンはどちらが先に絶滅しまし
>たか?
>パワーシャベルとスコップ, 団扇とエアコン この先どちらが生き残る?
>もうよろしいですか?



先の質問と重複しますが・・・。

よく、進化論に基づいたSFなんかで、「人類が汚染や核戦争によって絶滅したけど、ゴキブリは様々な環境に適応できるから生き残るだろう」なんてストーリーがありますが、これって、進化論を否定していないですか。

そんなに環境変化に対応できないひ弱な人間が、どうやってこの進化の激戦の中を戦いぬいてきたのでしょうか。

進化論によれば、人間は百戦錬磨の強者でしょう。どうして、ゴキブリなんぞに負けることがありましょう。

あ、そうそう、「猿の惑星」っていう映画がありましたね。人類が絶滅して、猿が生き残って、猿が知恵を付けて支配している地球の未来図を描いていました。

人間が滅んで、なぜ猿が生き残れるのでしょうか。

そもそも、猿が生存において不適応だったから、人間になったのではないですか。

何百万年か前に、「理性」という とてつもない機能を獲得したと言われる人間という変異体が、なぜ エテコー ごときに負けるのでしょうか。



>知能や腕力といった単純な要素で生存能力を判断することはできませんよ。

知能って単純な要素じゃないでしょう。人間は、不要な湖があったら、エラを獲得するのではなくて、むしろ、ブルドーザーで埋め立ててしまいますよ。知能があるということは、とんでもない力ですよ。



>> 生存能力が高くなるように進化するという仮説と矛盾しませんか。
>いつごろの仮説なのでしょう?
>デタラメとは言いませんが かなり誤解をまねく表現だと思います。
>私の知っている仮説は 「生存能力が高いものは生き残りやすい。」です。



文脈を見て下さい。「生存能力が高くなるために」という目的の意味ではなく、「進化が進めば生存能力が高くなっていく」という様態の意味として「ために」と言ったのです。



>恐竜はとても長い間存在していたので年代順に化石を調べることで
>彼らの進化のようすがとてもよくわかりますよ。


本当ですか? 馬の進化はグランドキャニオンの地層を見るとわかるという教科書の説明がでたらめであったことにショックを受けた者として、その恐竜の化石の変遷とやらを、実際に見てみないと信用できませんね。



>> 科学と自称している以上、進化論者は、証拠を示す必要があります。
>> サルと人間が似ているからと言って、進化したと主張することはできません。
>>サルから人間への漸進的変化を証明する事実を化石と現実との両面に渡って示す必要がある
>> のです。
> ミッシングリンクのことですね。
>ヒトゲノム解析計画の成果についてまだよく知らないのでDNA鑑定をもちいる
>のですがそれによると 人間とサル(ゴリラやチンパンジーなど)はとてもよく似た生き
>物であることがわかります。
>90パーセント以上の確率で同じ遺伝子のコピーを持っています。
>これはもうほとんど同じ生き物です。家猫と山猫のようなものですね。
>要するにミッシングリンクは存在しません。 存在するはずがないのです。
>サルからヒトへの進化(変化?)そのものが漸進的なのです。
>おそらく数万年から数十万年の 非常に短期間に起きた出来事でしょう。
>化石を要求するほうが無理なのです。



えっ?! ということは、数万年から数十万年の短い間に、サルは、言語中枢を獲得し、様々な理性的能力を獲得したのでしょうか。
これって、アメーバが恐竜になるよりもすごいことですよ。そう思いませんか?

アメーバの公認会計士とか、恐竜の経営する不動産屋とか、サルの運転手(これはあるか)とか聞いたことありませんよ。

進化論者自身が認めているように、人間が知性を獲得したことは、歴史の中の最大の不連続なのです。特別の事件なのです。

サルからヒトへの進化の間にミッシングリンクはなかったというのは、あなたが原人について云々することと矛盾しますがいかがでしょうか。

とにかく、ミッシングリンクの不在は、進化論がデタラメであることの決定的な証しです。

ネズミらしきものが、コウモリになったと言いますが、飛ぶという機能は大変複雑で、羽があるから飛べるというものではないのです。これが漸進的に進化して獲得されたならば、どうして、その化石が一つも見つからないのか。

コアセルベートから人類に至るまで、無数の試行錯誤があったはずなのに、その試行錯誤の跡がないのはなぜか。それは、試行錯誤がなかったからでしょう。





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